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はじめまして!ポチのすけ(@pochinosuke1)です。

数あるサイトの中から「ポチのすけ」に訪問いただき、ありがとうございます。

このブログでは、働いている多くの方に対し、以下のカテゴリーにて情報発信をしているブログです。

  • 転職
  • 仕事
  • 資産運用
  • 生活役立ち情報
  • 確定申告

 

ぼくは、東京にあるIT企業の営業職としてサラリーマンをやりながらブログを書いています。

ここでは、ぼくの経歴と、ブログで伝えたいことについてご紹介したいと思います。

 

名前の由来

妻から「犬顔だよね」と言われ、冗談で呼ばれたところから取りました(笑)

 

ぼくの経歴

 

挫折の多い、変わった経歴になります。

ざっとまとめると、以下の通り。

  • 大学受験失敗
  • フリーター
  • サッカー留学
  • フリーター
  • 専門学校入学
  • 専門分野の就職失敗で、専門外の会社(住宅リフォーム)に就職
  • 住宅リフォームから、業務店向け営業に転職
  • 業務店向け営業からIT営業(ソフトウェアメーカー)に転職
  • IT営業(ソフトウェアメーカー)からIT営業(SIer)に転職

 

社会人になる前に3回挫折しています。

ポチのすけ
ポチのすけ
社会人になっても、業界を変える転職含めて3回の転職をするなど、紆余曲折ですが(笑)

 

高校卒業後

もともと、歴史の先生になりたくて、歴史に関して著名な教授がいる国立大学を目指して大学受験しました。

現役ではうまくいかず、高校卒業後に浪人して先生を目指しました。

1年目は実家から援助を受けて、予備校に通いながら頑張りましたが失敗。

 

2年目はさすがに家からの援助もできない状況となり、港区で新聞配達の住み込みアルバイトをしながら予備校に通うような日々でした。

朝2時半に起きて新聞を自転車で配達した後、予備校に通い、夕刊を配達してからまた予備校に通うような生活をしていました。

生活リズムを整えるのが大変な上、住み込みの部屋は牢獄のような部屋で、衛生上も良いとは言えない状況。

当時20歳だったぼくは、自分の置かれた状況と未来が見えない状況に絶望してしまい、死にたくなるくらい精神的に追い込まれました。

このような状況では勉強どころではなく、当然ながら2年目の浪人生活での受験も失敗。

残念ながら、大学受験は力及ばず断念する結果になりました。

ポチのすけ
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大学受験失敗が、一つ目の挫折になります。

 

20歳の時、心も病んでいたぼくに希望をくれたのは小学校からやっていたサッカーでした。

サッカーを見るのもやるのも好きだったため、新聞配達をしていた時も、サッカーはテレビで見ていました。

どんなにつらくても、生きる希望を捨てなかったのはサッカーがあったから。

ぼく自身、高校で燃え尽きることができなかったサッカーへの思いが溢れてきて、生きるために、無謀にも海外に行ってサッカー留学をしたいと心に決めました。

自主トレで基礎から徹底的に叩き直しつつ、1年間バイトでお金を貯めて、全部ひとりで200万ほどお金を貯めて南米へサッカー留学。21歳の時です。

生きる希望をくれたサッカーでの夢を追いかけて、必死に南米で戦いました。

本場南米でプロ相手に通用する部分もありましたが、残念ながらプロ選手になることはできませんでした。

ポチのすけ
ポチのすけ
サッカー選手としての目標未達が2つ目の挫折です。

 

専門学校へ

サッカー選手としての結果は残念だったものの、自分のすべてを出し切ったので、不思議と後悔はありませんでした。

ただ、南米から帰国後22歳となったぼくは、生きる希望こそあったものの、これからの人生をどうしたらいいのかわからない状況。

色々と考えたところ、やはり生きる希望をくれたサッカーやスポーツ関係の仕事につきたいと思い、広告で見た地方にあるスポーツ関連の専門学校に行くことにしました。

ただ、留学から帰ってきたぼくの所持金は2,000円。

家からも援助ができる状況ではなかったため、バイトを3つ掛け持ちしつつ、合間に車の免許も取得するような超ハードスケジュールを1年間続けました。

ポチのすけ
ポチのすけ
バイトの面接に行く交通費を親から借りてなんとかしのぎました。

その結果、1年で200万円以上のお金を貯めることができ、自分で貯めたお金プラス教育ローンを使って専門学校に入学。

※ただし、教育ローンは300万円。社会人になってからビハインドを背負ってのスタートとなることが決まっていました。

 

専門学校では自主的に勉強したこともあり、独学で日商簿記2級の資格も取りました。

2年間の専門学校を経て、サッカーやスポーツ関連の仕事につくことを目指していましたが、結果としてサッカーやスポーツ関連の仕事につくことはかなわず。

サッカーやスポーツ関連の仕事は働き口が少なく、ようやく見つけたと思ってもアルバイトのようなレベルで、生活することができる仕事ではありませんでした。

専門学校のコネクションに期待して高い学費を払いましたが、大してコネクションも強くなく、ぼくの周りの同期も就職には大苦戦。

地方にある専門学校だったので、寮費も合わせると2年間で500万円くらいかかっており、卒業時に就職できない事態だけは避けなければならず、サッカーやスポーツ関連の仕事をあきらめて通常の就職活動をすることに。

専門学校の2年目の秋から就職活動を開始するという遅いスタートでしたが、なんとか卒業までの間には、1社(住宅リフォームの会社)だけ内定をもらい、就職できました。

ポチのすけ
ポチのすけ
専門学校に行ったのに、専門外への道に行かざるを得なかったのが、3つ目の挫折です。

専門学校を卒業した時は25歳になっていました。

 

社会人になって1社目

 

25歳で社会人になってからは、住宅リフォームの仕事で営業を行いました。

就職した会社は、訪問販売で外壁塗装営業を行う営業会社。

営業の基礎を学ぶことができ、断られてからの説得などのスキルも身につき、それなりに契約を取れてはいましたが、ぼくがいた会社は超がつくほどのブラック企業。

お客さんから「しつこい」と怒られたこともしばしばで、会社では、消費者センターに通報されないための方法という研修があるほど(笑)

(ぼくが辞めた後、行政からの監査が入って会社の体制が大きく変わったこともあり、今はだいぶまともになったようです)

2年ほどで学べることは全部学びきったと感じたのと、ブラックな環境を変えたくて転職することに。

 

初めての転職では、そもそもどこの転職サイトを使ったらいいのかわからず、会社探しが大変でした。(転職サイトと転職エージェントの違いすらわかっていませんでした)

リクナビに登録したはずが、リクナビに紐づく聞いたことがない会社からオファーをたくさんもらい、とりあえずたくさん使った方がいいだろうと、転職サイトや転職エージェントを5つくらい使っていました。

転職サイトや転職エージェントをたくさん使った結果、内容が被りまくったのと、求人の仕分けもうまくいかず、大苦戦。

 

途中、転職エージェントを替えたことで、求人の質や面接のアドバイスも格段に向上して、業務店への飛び込み営業やテレアポ営業をする会社に転職できました。

住宅リフォームから、大きく業界を変えることになったのが1回目の転職でした。

 

社会人になって2社目

2社目の業務店へ営業をする会社では、

  • ネット回線
  • 監視カメラ
  • タブレットレジ
  • 食べログなどのWeb広告
  • ウォーターサーバー

など、お店で使うありとあらゆるものを提案していました。

 

1社目が飛び込み営業の新規開拓オンリーだったのに対し、2社目では、

  • 飛び込み営業
  • テレアポ営業
  • DM送付
  • 反響からの提案
  • 協力会社への紹介
  • 協力会社からの紹介

など、様々な手段で営業を行いました。

クロスセルや既存顧客へのアップセルなど、多くの営業手法を学びました。

お店の営業中に訪問する度胸や、断られてから粘る手法も身につきました。

 

しかし、1社目よりはだいぶマシになったものの、2社目もブラック企業の部類に入っていました。

また、仕事自体はやりがいを感じることも多かったものの、ノルマの高さや給料の上がらなさがかなりのネックに。

1社目で働いている時に出会った妻と、2社目の時に結婚したこともあり、このままだと家族を養うのは難しいと感じていました。

結果、結婚して2ヶ月くらいしか経っていませんでしたが、2回目の転職に踏み切ることに。

1回目の転職で、転職サイトや転職エージェントの使い方で大苦戦した経験から、やみくもに転職サイトや転職エージェントを使うのではなく、2つくらいに絞って転職することに。

ぼくが使ったのは、dodaとtype転職エージェントでした。

dodaは、幅広い求人を持った転職サイトの役割だけでなく、転職エージェントからも多くの求人を紹介してくれるのが良かったです。

type転職エージェントは、大手転職エージェントが持っていない非公開求人を持っていることが多く、dodaと求人が被らないことが多かったのと、交渉も多くしてくれるため、フル活用しました。

 

ただ、業界を変える転職をしようとしていたのと、30歳になっていたこともあり、年齢で落とされたことも。

家族のためにも、苦労しながら根気よく続けたことで、IT企業(ソフトウェアメーカー)に転職することに成功。

ぼく自身、ctrl + C でコピー、ctrl + V でペースト(貼り付け)を覚えたばかりというIT超ド素人の状況でしたが、それでもIT業界に転職できました。

またも業界を大きく変えて3社目に突入しました。

 

社会人になって3社目

IT業界のソフトウェアメーカーの営業では、BtoBの営業を初めて行いました。

契約ごとも与信審査があったり、会社対会社の仕事で戸惑うこともありましたが、今までの営業経験を活かしながら働きました。

自社商品を売るためのプロモーションの大切さなど、多くを学びました。

また、ホワイト企業になったこともあり、だいぶ生活は落ち着きました。

初めてのIT業界でしたが、世の中のスピードの速さ、技術の進歩の速さに身を置くことができ、IT業界の面白さを感じていました。

ITパスポートを取るだけでなく、自ら色んなことを学んだりもしました。

 

ただ、保守的な会社の風土が合わず、色んな手法を提案していたものの、課長までは通っても役員のところでボツになることも多かったり、裁量を持てない状況にやるせない気持ちにもなっていました。

そこで、もっと裁量を与えてもらえて、新しいことにも積極的にチャレンジできるような会社に転職を決意。

IT業界の面白さに気づいていたこともあり、IT業界に絞った上で、面接で会社の社風を見極める形で転職活動を開始。

年齢は32歳になっており、結婚してから2回目の転職となっていたこと、在籍した企業で一度も3年働いていないことで苦戦することもありました。

ただ、dodaとtype転職エージェントをフル活用したことや、IT業界の経験者を求めている企業も多かったので、2ヶ月弱で早めに転職を決めることができました。

転職先はSIerの営業です。

 

社会人になって4社目

今は、IT業界のSIerの営業として働いています。

忙しい部分はあるものの、風通しが良いこともあり、今までで一番働きやすい会社となっています。

まずは、ここで自分の能力を高めて、自分の市場価値を高めて今後どうするのかを考えていこうと思っています。

なお、3回の転職での体験談については、以下の記事で詳しくまとめています。

転職についてブログで紹介!4社を渡り歩くぼくの体験談まとめ
転職についてブログで紹介!4社を渡り歩くぼくの体験談まとめ転職3回で4社目で働くぼくが、転職で体験したことをブログでまとめています。 転職のきっかけから、転職で失敗しない方法、面接対策、退職の際にやるべきこと、といったスタートから終わりまでをまとめました。 是非、ご覧ください。...

 

ブログで伝えたいこと

 

このブログでは、働いている多くの方に対し、以下のカテゴリーにて情報発信をしています。

  • 転職
  • 仕事
  • 資産運用
  • 生活役立ち情報
  • 確定申告

上記でご紹介してきたような、ぼくの変わった経歴の経験をベースにした仕事転職の話をメインにしつつ、将来を見越して資産運用をしている体験談についても紹介しています。

また、ぼくの旅行経験やキャッシュレス決済の情報をお伝えする生活役立ち情報や、確定申告のやり方についても情報を発信しています。

特に、ぼくが変わった経歴の人生を歩んでいることもあり、そこで苦労したこと、うまくいったことなどを、読んでいただく方に色々と役に立ってもらえればと思っています。

 

ぼくは、25歳で就職するまでにも、色々と苦労をしました。

また、社会人になってからも、3回の転職でも多くの苦労をしました。

その中で一貫してお伝えしたいのは、「遅すぎることはない」ということ。

ぼくが最も大切にしている言葉(座右の銘)は、「It’s never too late」(遅すぎることはない)です。

 

「経済的自由を手にしたいけれど、転職や資産運用をこれから始めるのは遅いのかな・・・」

と思う方もいるかもしれません。

 

そう思っている方には、

「遅すぎることはないです!!

と伝えたいです。

 

ぼくは30歳を過ぎても転職の経験がありますし、結婚後に2回転職しています。(妻にはだいぶ苦労を掛けてしまっているので、一層頑張って幸せにしてあげたいと思い今日も頑張っています。)

また、早ければ早いほど良いと言われている資産運用に関しても、30歳過ぎにようやく始めました。

 

なんでも、遅すぎることはないと思ったため、取り組んでいます。

今、このブログを見ていただいているあなたも、仕事のスキルアップ・転職・資産運用をするのに、決して遅すぎることはないと思います。

 

不満があっても考えているだけで立ち止まってしまっては、現状から何も変わりません。

一気に100mも進まなくていいんです。

1センチでもいいので前に進みましょう。

 

ゆっくりでもいいので、このブログを通して、ぼくと一緒に毎日1センチずつでもいいので、前に進んでいければ嬉しいです。